認知症について考える

認知症について考える

一昔前までは、痴呆とよばれていた。私が学生であった30年前、花いちもんめという映画があった。キャッチコピーは”ボケて悔しい花いちもんめ、おじいちゃんが壊れていく。家族の戦争がはじまる”なんとも言い難いものだった。当時(1985年)、痴呆老人が社会的問題となりつつあった痴呆老人とその家族をテーマにした映画であった。

今では、痴呆とは脳の病気であるという認識である。パーキンソン病などの疾患と同様に2004年認知症という名称(病名)となった。(正確には、レビ小体型認知症、血管性認知症、アルツハイマー型認知症などを病名という)もちろん、その背景には認知症の方の人間としての尊厳がある。言葉が変われば、接し方も変わってくるのも確かだ。ボケているからという表現には、専門的な知識をもって接するという病気の理解が伴わない。

問題点は発症率である。75歳以上の年齢になると発症する確率が非常に高くなる。認知症の発症率が数パーセントならば、これほど大きな社会問題にはならないだろう。なぜ、脳の器質的変化が起きるのか。

デイサービスに来苑される方の特徴について、実体験をもって考えてみる。

麻雀をしている方は、認知症がない。あったとしても、接していて認知症があると感じることは一般の人には分からない。
麻雀に参加される方の特徴に共通点がある。
普段から、感情を表現するタイプである。喜びの感情、怒りの感情、憂いの感情、和の感情など。表現の仕方も、言葉だけではなく表情や身振りや行動などがある。
他の共通点は、能動的であるということだ。たとえば、デイサービスで過ごされている間、何をしているか。
︰木工細工をしながら、創意工夫して作品を作っている方。
︰パソコンに向き合いながら、思考活動をしている方。
︰好きな曲を歌うために、CDを買ってきて、その曲を一生懸命覚えようとしている方。
︰周りの方に、配慮をしながら元気がでるような声かけをしている方。
書き出したら、キリがない。

つまりは、能動的な創造活動をしている点だ。
レクリエーションの時間はあるが、デイサービスには休息の時間もある。その日常の自由の時間にたえまなく、能動的な活動をしている。

私の父は80歳になるが、休みの日はテレビを一日観ている。ニュースも観ているため知識は豊富である。北朝鮮の問題など特に詳しい。しかし、これは、受動的な活動である。
思考の創造性がない。流れてくる情報を耳からそのまま脳に蓄積しているような受動的な脳の活動である。

認知症の方だけではなく、パーキンソン病の方、こころの病がある方に音楽療法を行うことがある。音楽療法には受動的音楽療法と能動的音楽療法がありそれぞれ効果が違うことにも、関心がでてくる。

この思考活動のパターンは、生活歴が影響していると考えている。職種も関係があるのかもしれないが、今までの生活の中に能動的な活動が多くあったのではないかと思う。趣味なども非常に関係あるのではないかと考えている。
現代医学では、週に3日ほど有酸素運動を30分行うと認知症になりにくいと言われている。(引用 日本認知症予防学会)また、認知症の初期症状には、歩く速度が遅くなるという意見もある。
しかし、先程、述べた麻雀をしているグループは有酸素運動はしていない。

ここまでの内容を参考にしていただいて実生活に能動的活動や運動を取り入れることができたなら認知症のリスクを少なくできるのではないかと思う。

もし、私が認知症になったら告知をしてもらいたい。

ある認知症の方は、早い段階で自分の病気を受け入れ病気に対する知識と理解によって、さまざまな能動的活動をしながら今後の家族のこと自分自身のことなどを考え、記録し、家族にしっかりと伝えてある。また、家族も病気に関する知識とこころの備えをもっている。

認知症とは、どんな人でも発症する可能性がある病気である。
予防はできても、ゼロにはできない。
医学の進歩に期待したいが、がん治療などさまざまな病気を現代は抱えている。
ならば、ガンと同様にこころの備えも必要ではないかと思う。